RC Car Trend Vol.16──────────────────── 99/11/05

〜 Contents 〜

1.レースレポート:
 タミヤGP世界戦東京大会・ルマンクラス
--------------------------------------------------------------------
(編集長より)
いよいよタミヤGPの天王山、「ワールドチャンピオン決定戦」が
この11月6〜7日に開催されます。今回は、手前ミソではありますが
「EXPのEXP」と言っても過言ではない「ルマンクラス・関東代表戦」の
レースレポートをお届けします。さあ、明日が楽しみだー!!
--------------------------------------------------------------------

1.サンヨータミヤブランプリ世界戦予選
東京大会・ルマンクラスレポート
〜特等席からの観戦〜 by77大塚(大塚知宣)

9月26日、タミヤ世界戦関東地区予選が、
おなじみシブヤ・トップサーキットにて行われました。
いつもどおり、ルマンクラスへのエントリーとなりましたが、
今回ばかりは様子が違います。

「過去のタミヤ全日本(決勝大会)出場経験者は、今回はルマンクラスでのみ世界戦代表権を得られる」
静岡でのワールドチャンピオン決定戦出場権を得るには優勝しかありません。
・・・このような状況の下でのルマンレースとなりました。
過去に実績のある選手が代表を狙うには、好きでも嫌でもルマンクラスに集中エントリーということに。
このことが決定した時には、当然ながら波紋を呼びまして、
私自身、「車はルマンにしても、一般のルマンとは別立てのレースにすべきでは?」
という意見も持ちあわせていました。
しかし、レース前から非常な盛り上がりを見せたことは間違いありません。
そのメンバーたるや、豪華などという言葉では語れないほど。

いきおい、事前練習もヒートアップ。
夏から秋にかけてのTOPでは、ひたすらこの日に向けて熟成を重ねる選手の姿が。

水曜日、エントリーリストを確認してみると、
鈴木諭選手、軍司選手など、タミヤ&TOPの超EXPが5人以上。
軽部選手、志自岐選手など、かつてTOPで活躍し、
現在はJMRCAを戦う強力なビジター勢も注目の的。
ファイナル確実な選手がざっと10名は見込めます。

特に、鈴木諭選手は、並々ならぬ意気込みが有り、
夏場からの、このレースに向けての練習ぶりは見ていて感銘を受けました。
レースを控えた週は、一緒に練習、食事をしました。

さて、このような状況では、Aファイナルに残るだけでも至難の業。
しかしながら、私もここまでルマンクラスをメインに戦ってきただけに、
恥ずかしくない走りをしたいところです。

※私には、全日本出場経験はありません。
1993年、セニア(高校生)クラスにて、関東予選にチャレンジしましたが、2位。
それきり、予選大会には出ていません。

もちろん、代表権争いに水を差すことだけは出来ません。
そう、Aファイナルに残る走りを目指せば、結果安全な走りも出来る。
優勝を狙えないまでも、せめてAファイナルからの観戦を目標に。

そのようなわけで、1週前の日曜に集中練習。
車も眼もワンランクアップして参戦。

----当日----

さて、当日。天気は晴れ。
心配されていた台風も過ぎ去り、秋も爽やかな朝、渋谷に到着。
やや風が強いが、とりあえず大きな問題はなさそう。

300名を数えるエントリーとあって、車検は長蛇の列(ルマンは24名出場)。
指定時間内に、車検と練習走行(1回)ができるのですが、
多くの皆さんは車検の列の方に集まっている。
ならば、早目に練習をした方が気分的に楽。
今回は、特定時間への集中を緩和するためか、参加クラスによる時間分けはありませんでした。

前日に改変、更に当日小改変されたコース。
ホームストレート上には高速シケイン。
ホームページ掲載のレイアウトよりシケイン通過ラインが直線的)

一通り確認した後にコースイン、タイヤはファイバーモールドB新品。
私は前週日曜時点のレイアウトしか知らないので、
この2分(実際はもっと少ない)でコースを憶えつつ、車のフィールも感じ取らなくては。
良好なグリップ。テールブレイクも無く、入り込みも満足。
新品タイヤ投入は「エッジ」を効かせることが主目的なので、これを減らさない様に、ゆっくりと走る。
(新タイヤはタイプBを2セット、Aを1セット組んでおいた)
しかし、高速シケインがタイムの鍵になることは必至。
ここでスピードに乗せて練習しておかないと、実際の予選で大変なことになる。
思い切ってトライするが、終了間際に大クラッシュ。3回転。
終了コールの中、影響が無いか、数秒間確認走行。
もちろん注意されたが、ここで遠慮していてレース中セットアップが決まらず、
他のドライバーの迷惑となるほうが失礼というもの。まあほどほどにしておかないといけませんが。

車検。ここで一つ問題が。
020ボディは、フロントセクションの開口部が特徴的。
けれど、ここは敢えてカットしないでおいた個所。
今までのレースでもそうだった。
なんといっても、フロントが壊れやすいボディだけに、あまり切りたくない。
しかし、全日本予選だからか、参加者全員
「穴をあけなくてはならない」との指示。
いささか戸惑ったものの、よくよく考えれば妥当な措置、ここは納得。
それより、結果的に、先に練習走行をしておいて本当に良かった。
先にカットしていたら、あのクラッシュで早くもボディが
イッてしまっただろう。このあたりでややツキを感じる。

一段落。
同クラス参加の軽部選手(宇都宮からの参加)、
香港出身で今は日本で働いているDavid選手と一緒のピットで、
緊張感のなかにも楽しくレースを待つ。
この2選手とはTOPにて旧知の間柄だけに、
懐かしさも手伝って、楽しくピットワークの手も進む。
思えば、このお二人、私がセニア2位に終わった1993大宮大会で、
それぞれ代表権を獲得しているのだ。
-----------------------------------------------------------------
ルマンクラスは、20、21、22レース目だ。
さて、予選1回目。タイヤはファイバーモールドB。
先ずは読みどおりの走りで、5番手につける。
しかし、上位3名(鈴木諭、小林、志自岐選手)
が13秒フラットに迫る勢いに対し、4番手以下が13秒8程度でキレイに並ぶ。
実力者がこのような並び方を見せるのも面白い。何の差か?

このヒートでは、終盤タイヤが外れてしまい、
これをRCTで知り合ったMゼロさんに拾ってもらう。
何とかタイムを出した後だったので一安心。
今までは、さすがにタイヤが飛ぶようなことは無かったのだが・・・。
まあ、要は接着が甘かったわけで、好評の「OKボンドFX」を現地購入、
補修&新品は制作しなおし。

軽部選手もタイプBで私とほぼ同タイム、下位に沈む。
「これでは全くダメだ、絶対グリップが低い」とのこと。
他の有力選手の多くも、路面が変だ、食わないという話ばかり。
しかし、私の車は、別段破綻をきたすでもない。
言われれば、多少食わない路面とは思ったが、皆が言うほど悪くは感じない。
別の日のテストでは、タイヤにより、非常に悪い(握れない)
状態を経験したが、恐らく皆はそのような状態なのだろうか。

事前練習では、専らBを使う選手が多く、
よほど涼しくならない限り、Bというセンが濃厚だった。
この日は28℃〜30℃あり、気温でいえばBだったが・・・。
私たちのピットには、タイプBタイヤへの疑問が沸いてくる。
(編集長の茶々:この日は、一日中どんよりと曇っており、ほとんど直射日光が
路面に当たらなかったのです。確かに最高気温は30度に達しましたが、
路面温度はむしろAタイヤを使うべき水準でした)

軽部選手は早々にBに見切りをつけ、せっせとAを組み始める。
私に限っていえば、1回目は単に攻め不足の感もあり、路面コンディションも良い方向に向かいそう。
それに、皆の車より、今日に関しては路面に合っている。
結局、2回目もBで再トライすることに。
その方がAファイナルに残れそうな気がしたし、何より、それが目標だったから。
-----------------------------------------------------------------------------
いよいよ2回目、先ほどと同じ状態で走ってみる。
13秒の前半を狙う走りを続ける。
このあたりから、脳内がレースモードに入ってくる。
アナウンスではそれらしい(前半)タイムが出ているらしい。
そんな中、軽部選手が13秒04を叩き出す。場内がどよめく。

この後の組で、優勝候補の鈴木諭選手がタイムを縮めるも、
13秒05。惜しくも届かず、軽部選手の大逆転ポールが決定。
さらに、各有力選手も揃って13秒台前半に入れてきたようだ。

終わってみれば、なんと10番手(最後方)。これは危なかった。
11番手とはコンマ7の差があったとはいえ、冷や汗もの。
目標通りのタイムアップを果たせたものの、やはりここでタイムアタックの下手さが露呈した。
しかし、上位4選手が13秒フラット、それ以降が、コンマ3〜4秒遅れでズラリと並ぶ。
見れば、1回目の序列は保たれているが、それを軽部選手がひとり崩した恰好。
-----------------------------------------------------------------------------
決勝レースは20周。事前に聞いていたのは25周。全くもって燃費に心配なし。
(手持ちには良いSCRCが無く、私は全ヒート1400SPを使用)
熱ダレを考えアルミモーターマウントも用意したが、ここはプラケースで。
さあ、0番ステッカーを貼って行くだけ。タイヤも予選2回目のまま。
デフとFスプリングの調整にとどめる。
確かにタイプAに魅力を感じていたが、激戦となる決勝では、
今のままの確実な仕様で戦う方がベターと考えた。
邪魔をしてはならない、邪魔をしないためには速く走ればいい。
優勝は有り得ないが、可能な限り上を狙うことを目標にした。

決勝スタート1周目はオーバル。2周目よりインフィールドに入る。
そんなアナウンスが。
クラッシュを考慮した措置に感謝しながら、グリッドにつける。
最後尾、遠慮気味にマシンを調整走行の後、いよいよスタート。
さあて、ハッキリいってオーバル走行は怖い。
スピードが乗った状態で並びながらの高速シケイン進入も避けたい。
ここはビリを活かし、敢えてローリングスタートの如くゆっくりと後をついていく。
慎重にインフィールドへ。ほらやった!あちこちでガシャガシャと音が聞こえる。
今日はノリが良いだけに、スイスイかわしていく。
David選手に当たってしまった。小林選手にトラブル発生の模様。
おそらく私は5番手あたりに上がっただろう。

さて、私の周りには、ポルシェボディを駆る軍司選手、さらに鈴木和史選手。
やはり緊張があるから、彼らに比すればペースが安定しない。
幾つかのコーナーで甘いラインをとるが、
「ペースを掴むから、それまで待ってね、今つつくと損だよ」
という気持ちで抑え込む。こうなると、もう遠慮は一切無い。

目の前で誰かが1部コースに当り、コースフェンスパーツが飛び出した。
ここにハマってしまったが、クラッシュではない。
寸止めで済んだが、脱出出来ないし、位置的にマーシャルを待てない。
すでに「頭のスイッチが入っていた」私はとんでもないことを。
この重たいパーツを無理やり押してどけてしまった。
アンプが止まらなかったのが不思議なくらい。
こんなことは普通難しいのだが、テコも上手く働き、ボディも壊さずに素早く脱出。
自分でも怖いほどノっている。

時々、ものすごい歓声が上がる。どこかで首位攻防が激しいのだろう。
どよめきで操縦台の鉄枠が震えるように感じる。
ああ、この感覚は何年ぶりだろう・・・?

そのあとはもう良く解らない。
とにかく、軽部選手、鈴木諭選手、志自岐選手には道を譲る。
上位アナウンスが聞こえていたこのあたりにだけは、注意を払わなくては。
しかし、軽部選手が背後に迫っているのに同ラップの他車と混同、誤って1周ほど抑えてしまう。
ここは軽部さんから軽くコールしてもらい、すぐさま安全に譲る。
さらに軍司選手とのラップ関係を間違えたようで、これは反省点。

上位も中団も、皆相当なハイペースであるし、且つ上位陣のクラッシュも目に付く状態では、
「確実な場所で、極端な動きの無い様に」譲るのも一苦労。

・・・どうやら、軽部選手が独走態勢を築いた模様。
諭選手の白いマシンが一コーナーインで止まっている。
それもギリギリでかすめる。脳内物質がかなり効いてきている。

あと数ラップ。前後の間隔は相当開いた。
余裕や諦めや満足や不安が出てくるころ。
ここで、─もう追いつかれないだろうが─
後方に小林選手のマシンが目に入る。
ペースを上げれば離れる。しかし、目に入って困る。
必死で前を意識するようにつとめたが、
相手にもこちらが見えているのでは、などと考え出す。

ラップが1秒近く落ちる。手が甘いラインへと誘う。
まるでそのようなシーンを演じなければならないかのように。
当然ながら、ついに追いつかれてしまった。
軽部選手優勝のコールに喜びつつも、小林選手から逃げる。
そして最後のシケイン。・・・あの高速シケインだ。
何が有ったかは解らない。ただ、私と小林選手は宙を舞い、
ゴールラインの青いカーペットの上に着地していた。

左隣の位置には優勝を決めた軽部選手が。
気づくのに時間がかかった。
私も私のレースに集中していたことに驚いた。

軽部選手に向き直ると、「手が動かなくなっちゃったよ」と。
一体なんのことだか解らなかったが、おかしな具合に手が固まっている。
どうやら、スロットルを握る左手、ステアする右手ともに、
極度の集中によるためか、硬直して動かせず、握手もままならないとか。
改めて、このレースの凄さを感じながら、操縦台を降りた。

----レース終了----

軽部選手を囲む輪。
各選手、健闘を称え合い、その固まった手をほぐしてあげていました。

しばらくは皆放心に近かったと思います。
私も、祝福したり、色々な選手と話していましたが、
恐らくは、殆ど訳の解らないことを言っていたでしょう。

レース中、ギャラリーの度肝を抜く速さを見せつけながら、
レースのまとめ方で軽部選手に一歩及ばなかった鈴木諭選手には、しばらく話しかけられませんでしたが、
頃合いをみはからい、彼の両肩をポンと叩いてあげました。
「なんだよー、サトルに優勝インタヴューしようと思ってたのさ!」
そんな冗談をいうのが精一杯でした。
彼は、また、やってくれるでしょう。期待しています。

私は、いつも、レースが終わると、スポンジやゴムのカスが目にしみ、
それまで平気だったのがウソのように、アレルギーが出てしまいます。
もちろん感情的なナミダではないのだけれど、
レース後に現れるところをみると、緊張からの解放と関っているのでしょう。
或いは、レース中に瞬き回数が減る(?)ためか。
この日も、しばらくはハンカチで瞼をおさえていました。

なんだか良く解らないまま、
大越選手がGT1で優勝を決めるのをマーシャル位置で観ていました。
こういう時、他のレースはあっけなく終わるようにみえてしまう。
時間の流れ方が違うのでしょう。
貼り出されたリザルトを見たら私は6位でした。
----------------------------------------------------------------------
■軽部俊和選手 談

「久々に、心、技、体、金、運、すべてを結集できたレースでした。
しじぃ監督との激しいバトルとサトル君の鬼神の追い上げで、肉体の限界を超えました。
レース中に両手がツったため、左手は人差し指がカギ型に曲ったまま固着、右手は
3本指がホイルの型で固着です。「人差し指だけ冷たい」状態で誰とも握手できませんでした。
こんなのは初めてっす。
勝因は、サーキットショップに積んであったジャンクのタイプAリヤタイヤです。
ダンボールを漁って、「手マッチド」で柔らか目の物をセレクトしました。
新品タイプBを買いに行ったら売り切れで、仕方なく買ったら大当たりでした。
(タイプBが売り切れで本当に運が良かった。)」

(遠方からの参加、このコースでの絶対テスト量も少ないながら、TOPで練習をつんだ選手を
相手にまわし、
お馴染みの「実戦での強さ」を最高の形で発揮した軽部選手。
「ジャンク市」でのタイヤ現地調達など、
「アバウトに見えつつ、見事にポイントを押さえる」
まさしく同選手の真骨頂。
一日を通してのレースメイクの上手さに感動しました《筆者》)
---------------------------------------------------------------------
■David Tse選手 談

「久し振りにラジコンをやって楽しかった。
時間があったらもっと練習して、上位を狙いたいと思います。
軽部さんのことを尊敬します。」

(ほぼ1年のブランクがあったDavid選手ですが、
事前テスト絶対量が少なく、セットも納得とはいかない状態でありながら、
レースが進むに従い、さすがに切れ味の良い走りで上位進出。
久々のRCレースにあたって、
ルマンクラスのとっつきやすさにも満足だった様です《筆者》)
------------------------
このようなわけで、なんとか、「特等席からの観戦」を果たすことが出来ました。
タミヤレースの素晴らしさ、ルマンカーの良さ、レースの楽しさ。
やはりレベルの高いところに挑戦してこそ味わえるものでした。
参加者、マーシャル、全ての皆様どうも有難うございました。
ここで代表権を獲得された選手の活躍を期待しています。
------------------------
参考セット(大塚知宣車、決勝6位)
シブヤ、気温28℃前後

ボディ:TS020
シャーシ:ハードカーボン
Tバー:ノーマル
Fサス:ノーマル、銀スプリング、白アップライト
Rサス:ノーマルOリング、前側強く締める
フリクション:ノーマル黒プレート、グリスなし
ダンパー:ローフリ、赤スプリング、#400、2穴
R車軸位置:1段階下げ(車高上げ)
スパー&ピニオン:93/23T(スポーツチューン)
タイヤ:前後タイプB、インナー等ノーマル

バッテリー:1400SP
アンプ:サンワスーパーボルテックス308RZ
サーボ:サンワ141HR(横置き)
受信機:サンワ2305RZ

車重:1108g(車検時にはもう少し重く判定された)

<おわり>